第五部 リーダーのコミュニケーション 第61章 管理職の昔話は信頼を削る

コミュニケーション

リーダーを長くやっていれば、語れる話は増えていく。

若いころの苦労。
理不尽な上司。
失敗と挫折。

それをどう乗り越えたか。経験は財産だ。だからこそ、つい話したくなる。

それ自体は、自然なことだと思う。

空気が変わる瞬間

ただ、こんな場面に心当たりはないだろうか。

「俺の若いころはな…」

そう切り出した瞬間、
場の空気がわずかに静まる。

若手はうなずく。
反論はしない。
否定もしない。

けれど、どこか一歩引く。

その微細な変化に、気づいているだろうか。

そこで起きていること

多くの場合、その話には“過去と現在の並置”が含まれている。

「昔はこうだった」
「今はずいぶん変わった」

事実を語っているだけだ。
悪気はない。

しかし聞き手の中では、別の変換が起きる。

「今の自分は甘いと思われているのかもしれない」
「評価されているのだろうか」

立場のある人間の言葉は、想像以上に重い。

過去と現在が並べられた瞬間、
会話は共有から評価へと傾く。

評価の空気が強まると、人は本音を控える

本音が減った組織は、静かになる。
そして静かな組織は、学びが遅くなる。

信頼は、こうした小さな違和感の積み重ねで、少しずつ削れていく。

私が置いている前提

ここで、私自身の基本的スタンスを記しておきたい。

昔が今よりよかった、なんてことはない、だ。

環境が変われば、最適解も変わる。
時代は常に更新されている。

この前提を持っていないと、人は無意識に「昔はよかった」に滑る。

そしてその瞬間、
自分の更新は止まる。

それは誰のための話か

もう一歩だけ踏み込んでみたい。

その昔話は、

  • 相手の視野を広げるためか
  • 自分の経験を価値づけるためか

語っているとき、自分は少し満たされていないだろうか。

語る側が気持ちよくなる話は、
多くの場合、聞き手の成長には直結しない。

昔話を“共有”に変える

昔話を完全に封印する必要はない。

ただ、扱い方はある。

・成功談より失敗談を語る
・過去と現在を優劣で並べない
・教訓を結論として押し付けない
・最後は「君はどう思う?」で終える

これだけで、昔話は“評価”ではなく“材料”になる。

語ることで場を凍らせることもできる。
語らないことで場を育てることもできる。

どちらを選ぶかは、自分次第だ。

読者への問い

昔話をするとき、次の三つだけ確認してみたい。

  • その話は、過去と現在を無意識に比べて評価していないか
  • 自分が気持ちよくなるために語っていないか
  • 相手の発言の余白を奪っていないか

そのうえで、あらためて問いたい。

あなたの昔話は、
相手の未来を広げているだろうか。

それとも、
自分の過去を守っているだけだろうか。

次章予告

昔話が思考停止を招くなら、世代というラベルもまた同じである。Z世代の扱いについて語ります。

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