リーダーを長くやっていれば、語れる話は増えていく。
若いころの苦労。
理不尽な上司。
失敗と挫折。
それをどう乗り越えたか。人は自分の話をしていると楽しい生き物だ。つい話したくなる。
空気が変わる瞬間
ただ、こんな場面に心当たりはないだろうか。
「俺の若いころはな…」
「上司より先に帰れなかった」
「飲み会の翌日は朝一番に出社しろと言われた」
若手はうなずく。
反論はしない。
否定もしない。
けれど、どこか一歩引く。その微細な変化に、気づいているだろうか。
そこで起きていること
多くの場合、その話には“過去と現在の並置”が含まれている。
「昔はこうだった」
「今はずいぶん変わった」
事実を語っているだけだし、悪気はない。
しかし聞き手の中では、別の変換が起きる。
「今の自分は甘いと思われているのかもしれない」
「評価されているのだろうか」
立場のある人間の言葉は、想像以上に重い。
過去と現在が並べられた瞬間、
会話は共有から評価へと傾く。
比較感が強まると、人は本音を控える。
若いころに、上司から昔の苦労話を聞かされて、今の若手は楽をしているかのように聞こえてきたことがあった。あなたはないだろうか。こうした小さな違和感の積み重ねで、少しずつ溝ができていく。
私が置いている前提
私自身は「昔が今よりよかった、なんてことはない」と本気で感じている。
環境が変われば、最適解も変わるのは当然だが、不況だ、物価高だ、バブル期は贅沢できた、とか言われているが長い目で見れば、今が一番便利な生活をしているではないか。
時代は常に更新されている。この前提を持っていないと、人は無意識に「昔はよかった」と感じがちだ。
昔話を“共有”に変える
昔話を完全に封印する必要はない。
ただ、扱い方はある。
・成功談より失敗談を語る
・過去と現在を優劣で並べない
・教訓を結論として押し付けない
・最後は「君はどう思う?」で終える
これだけで、昔話は“評価”ではなく“材料”になる。
語ることで場を凍らせることもできる。
語らないことで場を育てることもできる。
どちらを選ぶかは、自分次第だ。
読者への問い
昔話をするとき、次の三つだけ確認してみたい。
- その話は、過去と現在を無意識に比べて評価していないか
- 自分が気持ちよくなるために語っていないか
- 相手の発言の余白を奪っていないか
そのうえで、あらためて問いたい。
あなたの昔話は、
相手の未来を広げているだろうか。
次章予告
昔話が思考停止を招くなら、世代というラベルもまた同じである。Z世代の扱いについて語ります。

