第十部 全体最適 第115章 評価されるのは、目立つ成果か、地味な配慮か

全体最適

会議で発表する成果、社内表彰の対象になる取り組み、経営層の目に留まるプロジェクト。目に見える仕事は評価につながりやすい。成果がわかりやすく、現場の達成感も得られるからだ。

だが、全体最適の視点で動くと、自部門だけで完結しない仕事が増える。他部門に調整の手間をかけたり、自分たちの段取りを変えたりといった、気を利かせる動きが必要になる。こうした配慮は外からは見えにくく、時に「余計なことをした」と受け取られることさえある。

第十部で書いてきたことは、どれも見えない

考えてみれば、他部署の目標を毎期眺めておくことも、部長の都合を想像してみることも、方針を読み取って現場に合う形で降ろすことも、やったこと自体は記録に残らない。摩擦を先回りして潰せば、摩擦は起きなかったのだから、誰も気づかない。翻訳がうまくいけば、動いたのは部下であって、翻訳したことは誰の目にも留まらない。

うまくいくほど、何もしていないように見える。それが全体最適の仕事だ。

しわ寄せは、部下に行く

しかも、割を食うのは自分だけではない。

たとえば、生産部門が納期ギリギリの案件を抱えていたとする。本来なら自部門の案件を優先して処理すべきところを、全社的な遅延を防ぐために生産部門の案件を先に回した。結果として自部門の実績は予定より低く見えてしまう。だが会社全体としては損失を防げたし、顧客からの信頼も守られた。

判断したのは課長だが、数字が落ちると部下の実績の低下に見える。全体最適の判断は、部下にまで割を食わせる可能性があるのだ。説明をしなければならないのも課長だ。

その際はこのように言う。

「今回は他部門を優先した分、私たちの数字は抑えられた。でも、会社全体で見れば大きな遅延を防げたし、お客様の信頼も守れた。この結果には胸を張っていていい。この判断とみんなの働きは、部長にはきちんと伝える。それは私の仕事だ。

必ず評価される、とまでは言えないが、部長に伝えることは約束できる。自分がやることだからである。

これは同時に、自分のチームの成果をしっかり部長に理解してもらうことにもつながる。部長こそが全体最適の現場責任者だ。そして、課長の評価者である場合が多い。だからこそ、アピールは必要だ。自らの成果をほめてもらおうというよりも、チームの取組みや現状をしっかり認知してもらうためだ。

部長は見ている

実は、全体最適に関しては、部長は課長を見ているものだ。自分が全体最適の責任を負っている以上、見ないわけにいかないからだ。

ただし、部長が評価してくれているからといって、社長の覚えがめでたいかといえば、それは別の話だ。部長より上に届くかどうかは、自分では決められない。

決められないものを気にしても仕方がない、というのが私の結論だ。期待する範囲を、届く範囲に区切る。部長に伝わればそれでいい。その上のことは考えない。

これは諦めではなく、実利の話である。届かないところまで届かせようとした瞬間に、目立つ仕事を選ぶ動機が生まれる。見えやすい成果のほうに手が伸びる。そうなれば、全体最適からは遠ざかっていく。期待を区切っておくから、余計なことを考えずに、必要なことだけができる。

見る範囲、現場に渡す範囲、そして期待する範囲。区切るから、目の前のことに全力を注げる。この連載で繰り返してきたことと、同じ話だ。

次章予告

全体最適を意識しているうちに、変わってきたことがある。次章では、その話を書きたい。

読者への問い

あなたが最近やった仕事のうち、記録にも数字にも残らなかったものは何だろうか。それを、誰かに知っておいてほしいと思っただろうか。

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