反射的な「無理です」が招く誤り
この章では直属の上司のそのまた上、経営層との関係を扱う。
「難しいは、やらない理由になっていないじゃないか。」
直前のコラムでは 管理職になったばかりの頃、社長にこう一喝されたエピソード(コラム「社長の提案に部下ができること、それは“賛同すること”」参照)を書いた。
あの手痛い経験から学んだことを、もう少し一般化して、組織で働くうえでの一つの原則として整理してみたい。
結論から言えば、社長や副社長、取締役といった経営を担う層が「こう進めたい」と方針を示したとき、現場の課長がその場で「無理です」「難しい」と言うのは適切ではない。
課長が「無理」と判断してはいけない理由
なぜか。経営層の意思決定は、文字通りの「経営判断」だからである。
彼らは、市場の動向や競合の状況、将来のリスクや機会を踏まえ、「ここでコストをかけてでも仕掛けるべきか」「ここで撤退すべきか」といった、会社全体の方向性を左右する判断を担っている。
一方で、課長が日常的に見ているのは、現場の業務負荷や人員の状況といった“実行の現実”である。この視野の違いがある以上、現場の感覚だけで「無理だ」と判断を下してしまうのは、自らの裁量範囲を超えた行為になりかねない。
課長の役割は「実現条件の提示」にある
では、トップダウンの方針が降りてきたとき、課長の役割は何か。
それは、経営判断の方向性に沿って、「どうすれば実現できるか、その条件を整理して上に提示すること」である。
たとえば、このスケジュールで実現するには、追加でどの程度の人員や予算が必要か、現状のリソースで進める場合、どの業務を優先的に見直す必要があるか、といった点を、具体的な数字や事実に基づいて整理する。
課長の価値は、現場責任者として経営の意思を現場の実行可能な形に落とし込むことにある。
リスク提示は「反対」ではなく判断材料である
もちろん、その方針に従うことで、過大なコストが発生する、あるいは現場が機能不全に陥るといった重大なリスクが想定される場合もある。
そのような場合には、リスクを曖昧にせず、事実として正確に提示することが不可欠である。
ただし、それは「反対すること」とは異なる。
現場から上がってきた情報は、経営層にとっての重要な判断材料である。それらの材料を踏まえたうえで、「それでも進めるのか」「方針を修正するのか」を最終的に決めることこそ経営層の役割である。
もちろん、法令違反や安全性に関わる明確な問題がある場合は、この限りではない。そうしたケースでは、立場に関わらず指摘すべきである。
「諫言してやる」という発想の落とし穴
ここで注意すべきなのは、「経営に対して意見を述べること」そのものが問題なのではないという点である。
問題は、それをどの立場で、どのように行うかである。
組織の規模や社長のキャラクターによって変わってくるところではあるが、経営方針そのものの是非を正面から問うのは、通常、取締役や部長といったより上位のレイヤーに求められる役割である。課長が同じスタンスで対峙しようとすると、役割の境界が曖昧になり、組織としての意思決定プロセスを歪めてしまう可能性がある。逆に言えば課長は「経営層がやりたいことを実現することだけをただひたすら考えていれば良い」のだ。
「会話における横綱相撲」は強い相手にこそ有効である
経営層からの指示に対しては、まず前向きに受け止め、そのうえで前提や課題を整理して提示する。
私はこれまで、「まず相手の話を聴き切る=受け止める。そのうえで自分の土俵に引き寄せる」という姿勢を、「会話における横綱相撲」として主として部下とのコミュニケーションにおける技術として推奨してきた。しかし実際には、より力関係の強い相手や、理不尽に見える方針と向き合う場面においてこそ、この姿勢は大きな意味を持つ。
いったん受け止めることで対立を回避し、冷静に状況を整理する余地が生まれるからである。
理不尽に見える判断を前進に変える
プライドや”自分が言わなければ”という使命感に頼るいわばドラマの主人公のような「諫言」ではなく、トップの判断をいったん受け止め、現場の事実と条件を整えて提示する。
そのプロセスを通じて、方針は現実的な形に調整され、結果として組織は前進する。
理不尽に見えるトップダウンの中でも組織を正しく動かすために必要なのは、対立ではなく、役割に忠実な振る舞いである。
「経営判断への賛同=単なる迎合」ではない。「相手の構想をいったん全量、自分の懐に引き入れる」という高度な戦略的受容だ。 「承知しました。その方向で、どうすれば実現できるか検討します」 この一言で、あなたは社長の「味方」としてのポジションを確定させる。実務上の懸念やリソースの不足を突きつけるのは、その後のプロセスでいい。
これこそが、中間管理職に求められる、最も実務的で誠実な働き方なのだと思う。実際、従来方針を覆す社長の突拍子もない提案に対し、私は現場のリアリティを盾に「それは難しい」と即座にブレーキをかけた。その瞬間、私は「構想のパートナー」から「現場の抵抗勢力」へと格下げされたのだ。あの時、私が「会話における横綱相撲」を身につけていれば、今見える景色は違っていたんじゃないかと感じている。
読者への問い
あなたは社長の思いがけない提案を反射的に否定していませんか。
次章予告
次章では、経営層と中間管理職の役割の違いをさらに深堀りしたい。
