AIが日進月歩で進化している。SNSをはじめ様々なメディアでは、「もう情報収集や資料作成のスキルは不要だ」「AI時代は知識はいらない、問題提起力さえあればいい」といった、一見耳触りの良い効率化論が溢れている。
実際、これまでの管理職経験では「AI」をことさら意識する局面は多くはなかった。そのため、第97章の末尾で少し触れた程度で、正面から取り上げる予定はなかったのだが、最近の「知識不要論」には疑問があることから、ここで「AI」時代について現時点の考えを記すことにした。ただし、この章は私の経験知というよりも将来予測を踏まえた当面の取り組みに関する私的宣言である。
AI時代の若手社員に身につけさせるべき2つのスキル
まず、AI時代に、社員に身につけさせるべきスキルは何だろうか。私は以下の二つだと考えている。
ひとつは、AIを超優秀な部下として使いこなす「疑似マネジメント能力」。
もうひとつは、AIには持てない「やりたいこと・やるべきことを、当事者意識をもって判断する力(自分の意思)」だ。AIの進化により、近い将来、「どうやるか(How・手法)」はAIが瞬時に教えてくれる場面がほとんどになるだろう。一方、人間にしか生み出せない「何を成し遂げたいか(What)」と「責任を引き受ける覚悟(Why)」は引き続き問われる。
そして、この両輪を回すためには、問題提起のセンスだけでなく、確固たる「知識(含経験知)の土台」が不可欠になるのではないか。
1. プロンプト作成は「業務指示」の最高のシミュレーターである
AI自体の進化により自然言語で会話すれば足りるという意見も多いが、ことビジネスにおいては以下の「プロンプトの3大要素」を頭に入れておくと良い。
- 前提条件(背景・目的・ターゲット):なぜこの業務が必要なのか、誰に向けたものなのか。
- 出力フォーマット(形式):どういう構成で、何枚で、いつまでに必要なのか。
- 制約条件(ルール):やってはいけないことは何か、外してはいけない視点はどこか。
実はこれは、上司が部下に的確な指示を出すときの要素とまったく同じである。第95章で、②業務遂行力を育てる型の第一に「目的から逆算し、作業に落とす力」を挙げた。目的と背景を共有し(第36章参照)、成果物の形を示し、外してはいけない制約を伝えて、具体的な作業に落とす(第35章参照)。AIへの指示も、部下への指示も、構造は変わらない。プロンプトを組み立てる訓練は、そのまま②業務遂行力の訓練なのだ。
前提条件や制約条件を的確に設定するには、単なる思いつきではダメで、過去の事例や組織の原理原則といった「知識の引き出し」が不可欠となる。つまり、プロンプトの精度は、その人の知識や経験によって担保される。
過去の猛烈な勉強や下積みの経験を通じて手に入れた「知識ベース」を持っているインフルエンサーが語る「AIがあるからもはや知識の勉強は不要だ」論を、これから身につける側が真に受けてはいけない。私は、その危機感を部下の育成においてしっかり伝えていきたいと考えている。
今後は、たとえ新人であろうとも「AIに的確に作業を指示でき、AIのアウトプットの妥当性を判断できるように」仕事を覚える時代である。これは、いきなり一段上のマネジメントフェーズからスタートするようなもので、それはそれで過酷な環境なのではないかと思う。
2. 「自分の意思」を語らせる
AIには「私がこうしたいのだ」という当事者意識はなく、リスクを背負えない。手法(How)はAIが教えてくれても、その是非や妥当性を吟味し、決断するのは人間である。
例えば、部下から上がってきた相談や報告に対し、こう問いかける。
「資料の説明はわかった。それで、もし君がプロジェクトリーダーなら、自分の責任で、どのプランを本命として上に通すか。自分の言葉で、今ここで説明してくれ」と。
他人の言葉、つまりAIの文章で喋ろうとすれば、突っ込まれた瞬間にボロが出る。AIの出力に対して、自分の言葉で語らせることで初めて、ビジネスパーソンとしての骨格が育ち始める。
なお、この打ち手も新しいものではない。第96章で③業務姿勢を育てる際、部下が「みんながこう言っています」「上が決めたからです」と逃げの言葉を使ったら見逃すな、と書いた。他人の言葉で語る、その「他人」がAIに変わっただけのことである。AI時代になっても、上司がやるべきことは変わらない。
「暗黙知」を失わせないリーダーとは
AIに作らせた資料であったとしても、それを上司が差し戻し、差し戻された部下がAIに指示を出し直す。この往復の中で、部下は「うちの職場で何が通り、何が通らないか」を学んでいくことは可能だろう。むしろ試行の回数は増えるかもしれないので、AIとの徹底的な壁打ちを経て、極限まで「ノイズ」を削ぎ落とした状態の資料やアイデアだけを持ってこさせるといった工夫は必要だろう。この辺りは今後の試行錯誤になりそうだ。
逆に「AIの作ったきれいな資料」を素通りさせるだけの上司では、彼らは暗黙知を養う機会を持てないまま、いずれAIに代替される存在になりかねない。
AI時代の部下育成においては、「上司が、AI以上の”生身の壁”であり続けられるか」という、我々マネジメント側の覚悟も試される時代なのではないか、と私は思うのだ。
次章予告
次章では、第八部「人事評価と部下育成」を振り返りたい。
読者への問い
あなたは、部下がAIで作った「きれいな資料」の裏にある、彼ら自身の「意思」を、自分の言葉で語らせているだろうか。
