危機管理は、専門部署だけの特別な仕事ではない。危機はある日、自分の課に降りかかる。そのとき不測の事態を収めるのは、ほかならぬ課長である自分だ。私はそう覚悟している。
危機は「完全には管理できない」
かつて原子力発電所を見学したとき、「五重の防御構造がある」「飛行機が突っ込んでも放射能は漏れない」と説明を受けた。私はその堅牢さに感心した。
だが、2011年の福島第一原子力発電所事故では、放射性物質が現実に漏れ出した。
もちろん、当時の設計や想定に問題があったという議論はあるだろう。しかし私が強く印象に残ったのは、「あれだけ備えていても危機は起きるときは起きる」という事実だった。
備えていても起きるのが危機であり、起きてしまえば完全に管理できるものではない。むしろ、管理できないからこそ危機なのだ。
危機管理とは「被害を最小限にする準備」
では、「危機管理」とは何だろうか。それは危機を完全になくすことではない。危機が起きることを前提に、被害をできるだけ小さくするための準備をすることになるのではないか。
危機そのものは防ぎきれない。しかし、被害の拡大を防ぐことはできるかもしれない。初動を早くすることもできる。混乱を減らすこともできる。
危機管理とは、そうした「被害を最小限に抑える努力」だと私は考えている。
第九部のテーマ ― 危機を”現実”として受け止める
この第九部では、不祥事、信用失墜、災害など、管理職として向き合わなければならない危機を取り上げる。
危機は起きないことが理想だ。しかし管理職である以上、「起きてしまったとき」にどう振る舞うかから逃げることはできない。平時から備え、起きてしまったときに血迷わないことだと思う。
危機の中身は千差万別で、その只中でどう動くかに、万能の型はない。だから第九部は、危機そのものの対処法ではなく、その前後――平時の構えと、起きた直後の初動、そして危機の芽に気づく力――に絞って書く。
次章予告
危機は防ぎきれない。ならば勝負は、起きてしまったその直後にある。次章は、危機管理がなぜ「初動」で決まってしまうのかを考えたい。
読者への問い
あなたの職場は、危機を「起きない前提」で回してはいないだろうか。起きたときに被害を小さくする準備を、何かひとつでもしているだろうか。
