第八部 人事評価と部下育成 第87章 評価は見えていないものへの挑戦──なぜ人事評価はこんなにも難しいのか

人事評価

人事評価についての理想論は、よくこう語られる。

「日々の仕事ぶりを観察し、良かった点や改善点を記録に残しておこう。期末にはその記録をもとに、公平・公正な評価を行うべきだ」

これは正論だ。上司と部下の双方にとって納得感のある評価につながり、面談でのフィードバックも具体性が増す。理屈としてはその通りだと思う。

しかし、現実にそれを実行できるかと問われると、決して容易ではない。少なくとも私の感覚では、部下一人ひとりの仕事ぶりを日々観察し、記録を残すことは難しい。

時間的な制約がある

第一に、時間的な制約がある。課長職であれば複数の係をまたぎながら全体を見ており、自分自身もプレイヤーとして業務を抱えている。係長とは頻繁にやり取りしていても、係員個々の取り組み姿勢まで逐一把握するのは現実的ではない。

「何を記録すべきか」が曖昧だ

さらに、「何をどう記録すればよいか」が曖昧だ。責任感や協調性といった定性的な要素を、客観的にどうメモすればよいのか。よほど印象的な出来事がなければ「何もなかった日」は記録に残らず、やがて期末を迎え、「頑張ってはいると思うけど……」という印象ベースの評価になりがちだ。

評価を重視する文化が根付いていない

また、評価という行為そのものを業務として重視する文化が、職場に根付いていないこともある。日々の業務に追われれば、評価は後回しとなり、必要な書類を整えるだけの事務作業になりかねない。その結果、人事評価は育成や成長支援のツールではなく、「年度末のルーティン作業」に矮小化されてしまう。

それでも、誠実に向き合う

結局のところ、人事評価とは「見えていないもの」と向き合う仕事だ。すべてを把握できるわけではない。だからこそ、見えない部分があることを認めたうえで、何とかフェアに、そして育成につながるように、という思いで評価に向き合うことになる。その葛藤を抱えながらも、誠実に取り組もうとする姿勢こそが、管理職のあり方なのだ自分に言い聞かせてきた。

読者への質問

あなたは評価者として、「見えていないもの」とどう向き合っているだろうか。

次章予告

次章では、課長と係長の関係性を軸に、評価を支える「現実的な評価」を考えてみたい。

このブログでは『考え方やフレームワーク』を扱っています。『明日の現場で即使えるケーススタディ』をnoteで公開しています。当ブログでこれまで語ってきた「型」や「かまえ」を実際の現場場面にあてはめた問題集として読んでいただけます。→【noteはこちら】

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