「学べ」というのは、猛烈サラリーマンへの先祖返りではないか?
読者から質問が届きました。
このブログではこれまで、凡人がいかに消耗せずにドライに成果を出すかを追求していると思っていました。ところが、この第7部で語られている「経験+学習による自己更新」や「専門用語などを押さえる地道な積み重ね」や、業務時間外までも勉強する姿勢が大事といった話は、結局のところ「真面目で勤勉な、古き良き日本の猛烈サラリーマン」へ先祖返りしているだけではないでしょうか。
お答えします。
確かに、「学ぶ」「調べる」「経験を積む」という行為だけを見れば、猛烈サラリーマンと大きな違いはないように見えるかもしれません。しかし、私が目指しているのは「たくさん働くこと」ではありません。むしろ逆です。過酷な現場を賢く省エネで生き残るための生存戦略です。
目指しているのは「たくさん働くこと」ではない
私は、なるべく楽に成果を出すために学ぶべきだと考えています。
猛烈サラリーマンは、気合いや長時間労働で成果を出そうとしました。一方、私が勧めているのは、先に地図(全体像)を手に入れて遠回りを減らすという考え方です。猛烈サラリーマンが「会社に人生を捧げる」のに対し、私は「会社を自分の人生のために利用しよう」と提案しています(第83章、第84章参照)。
学びは、手戻りを防ぐための戦術である
概説書を通読して業務の全体像を把握することも、飛び交う専門用語や名詞を押さえることも、勉強そのものが目的ではありません。知ったかぶりで仕事を進めて大きな手戻りを起こしたり、誤った判断でチームを振り回したりするリスクを減らすための戦術です。
たとえば、一定の相場観を持っていれば、部下から報告を受けた際にも「その見通しは少し楽観的ではないか」「その前提は本当に正しいのか」といった重要な違和感に早い段階で気づけます。結果として手戻りは減り、問題は小さいうちに修正できます。
判断精度が上がると、無敵のループが回り始める
つまり、学びによって判断精度が上がるのです。判断精度が上がれば手戻りが減る。手戻りが減れば時間が生まれる。生まれた時間をさらに学びや改善に投資できる。休養に充てることもできる。この「無敵のループ」とも呼べる好循環が回り始めると、仕事は複利で運用する資産のように、少しずつ楽になっていきます。
自信、能力、人間関係、ひいては収入に、複合的に効果が表れる。それが積み重なるほど加速度的に大きくなる。それが学びの複利です。
努力を否定しているのではない
猛烈サラリーマンは体力と時間で勝負しました。私は、学びで身につけた判断の精度で勝負したい。
成果を出すための努力は否定しません。というか、やっぱり必要です。ただ、どうせ努力するのなら、同じ成果を、より少ない消耗で実現したいのです。そのために学ぼうということです。
このブログでは『考え方やフレームワーク』を扱っています。『明日の現場で即使えるケーススタディ』をnoteで公開しています。当ブログでこれまで語ってきた「型」や「かまえ」を実際の現場場面にあてはめた問題集として読んでいただけます。→【noteはこちら】
