第八部 人事評価と部下育成 第98章 課長がまず育てるべきは誰か

人事評価

「人材育成」と聞くと、多くの人は若手社員の指導や新人教育を思い浮かべるだろう。しかし私が「課長がまず育てるべきは誰か」と問われたら、迷わず「係長だ」と答える。

なお、私の職場では課長のもとにいくつかの係があり、それぞれに係長と数名の係員がいる。本章は、そういう組織建てを前提に読み進めていただきたい。

課長が直接育てられる人数には、限りがある

課員が数人しかいない小規模の課なら、課長が課員それぞれを直接面倒見ることもできるだろう。だが人事評価の章でも書いた通り、課長が係員一人ひとりを細かく指導するのは現実的ではない。正直なところ、新人教育まで課長が手取り足取りやるのは、時間的にも構造的にも無理がある。

だからこそ、課長がまず育てるべきは係長である。係長は副リーダーとして、課長の視点を日々の現場に持ち込む役割を担う存在だ。

係長を育てることが、最大のレバレッジになる

ここで効いてくるのが「てこ(レバレッジ)」の発想だ。

課長が課員一人を直接育てれば、効果はその一人に届く。しかし係長を一人育てれば、その係長が指導する数名の係員にまで効果が波及する。同じ手間をかけるなら、係長に投資する方が、はるかに広く深く効く。課長の限られた時間を、最もてこの効く一点に集中させる。それが係長育成だ。

そして現実にはこれが一番重要なポイントだが、係長が育つと、課長は楽になる。係長が自分の判断で係を回せるようになれば、課長は現場の一つひとつに手を突っ込まずに済む。これは手抜きではない。課長が楽になるとは、課長にしかできない仕事――決断と、外との交渉――に時間を割けるようになるということだ(第39章参照)。係長を育てることは、巡り巡って、課長が自分の本来の役割に集中するための投資でもある。

係員を育てるのと、係長を育てるのは、違う

ここで肝心なのは、係長を育てることは、係員を育てることの延長ではないという点だ。

係員に必要なのは、一言で言えば自分の仕事をやり切る力だった。だが係長に欲しいのは、他人にやらせる力であり、他人を見る力である。これは質の違う能力だ。そして、優秀な人ほどこの転換でつまずく。「自分でやった方が早い」からだ。実際、仕事のできる係長ほど、係員の仕事を巻き取ってしまう。

だからこそ、係長の判断軸を付け替えてやる必要がある。「自分がやる」から「係にやらせる」へ、である。係長が係員の仕事を巻き取って成果を出してきたとき、その成果を褒めるだけではなく、「なぜ、自分でやった。なぜ、任せなかった」と問うのだ。プレイヤーとして優秀なことと、マネジャーとして優秀なことは、まったく別物だと気づかせる。この問いの繰り返しが、係長を「できる担当者」から「人を動かすリーダー」へと変えていく。

係長に「評価と育成の視点」を持たせる

もう一つ、係長に磨いてほしいのは、係員を見る目だ。

私の経験上ではあるが、係長が自発的に「評価と育成の視点」を持つことは期待しづらい(コラム「評価されることを知らずに働いていた」参照)。自分の実務を抱えている係長にとって、目の前の仕事が最優先になり、係員を「見る」ことは後回しになりがちだからだ。これは怠慢ではなく、役割の構造がそうさせる。だからこそ、課長が意識的に仕向ける必要がある。

ファーストステップは、第88章で述べたとおり、課長と係長が人事評価の観点や項目について解釈をすり合わせておくことだ。そのうえで、第91章で書いたように、係長が上げてきた係員の評価が自分の見立てとズレていたら、そこを詰める。「この評価の根拠は何か」「この係員の、どこを見てそう判断したのか」と問い、係長の見る目そのものを鍛えていく。

係長もまた、育成の対象である

もちろん、係長が最初から期待通りに動いてくれるとは限らない。だが、私と同じ経験や知識を持っているわけではないのだから、それでいいのだ。係長もまた育成の対象としてすぐにできないことを前提に、根気よく手をかけていく。

思い返せば、私自身も係長の頃、上司に判断そのものを鍛えられた(第96章参照)。手を抜こうとした場面で差し戻され、なぜそれではいけないのかという理屈ごと教えられた。あのとき上司がやっていたのは、まさに課長が係長にすべきことだった。作業の訂正ではなく、判断の型の移植である。

こうして、係長が部下に対して適切に育成と評価を行えるようになると、課全体のマネジメントは一段階引き上がるのである。

次章予告

次章では、職場で仕事を教えるということについて、発想の転換を提示したい。

読者への問い

あなたの職場では、係長に「評価と育成の視点」を意識させるために、どのような工夫ができるだろうか。

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