第八部 人事評価と部下育成 第96章 業務姿勢を育てる

人事評価

業務姿勢とは「判断軸」のことである

前章(第95章)で、型は手渡せると述べた。だが、手渡した型を使い続けられるかどうか、あるいは応用できるかどうかは、本人の「③業務姿勢」にかかっている。では、その業務姿勢はどう育てるのか。

一般的な人事評価の項目で言えば、③業務姿勢は「規律」「積極性」「責任感」といった言葉に集約される第89章参照)。これらを聞くと、やる気や素直さといった精神論を思い浮かべるかもしれない。正直それも軽視できない。ただ、ここでは、業務姿勢の育成を、「仕事の判断基準(軸)をどこに置いているか」を再設定し、実務的で地に足のついた作業に落とし込みたい。評価項目である3つの要素を、どのように現場で育てていくか。

チームとの約束を守る(=「規律」の育成)

規律とは、ルールを守ることだ。しかし、部下が「上司に怒られないため」にルールを守っている状態は、まだ規律が育っているとは言えない。本当の規律とは、締め切りや報告、手順といった「チームとの約束」を守ることの意義をちゃんと認識していることである。約束が守られるからこそ、チームは互いの仕事を前提にして安心して連携できるのだ(第55章参照)。

部下がルールを軽視したり、報告の手順を省略したりしたとき、ただ「ルールを守れ」と叱るのではなく、「なぜこのルールがあると思う?」「この手順を飛ばすと、チームの誰が困るだろうか?」と、ルールの目的から問い直させること。これが「規律」という判断軸を育む現場の実践知となる。

ただし、この問いを使うリーダーには覚悟が要る。部下が考えた末に「このルール、実は意味がないのでは」と答えてくることがあるからだ。それに「いいから守れ」とは返せない。もし本当に目的を失ったルールなら、リーダー自身が変えにいく。その覚悟とセットで、初めてこの問いは使える。

肝に銘じておきたいのは部下にルールを守らせることはリーダーの本質的な役割だということだ。

私自身の話をすれば、係長の頃、係員の交通事故の処理を、示談が成立したからと課長報告だけで終わらせようとしたことがある。当時の上司に厳しく指摘された。ルールどおり関係部局への報告と了承の手続きを踏め、と。「面倒でも真正面から受け止めて、最後まで収めるんだ。どうせ分からないだろうと手を抜くと、後からしっぺ返しがあるんだ」。正直、一瞬「面倒だな」と思った。だが落ち着いて考えるうちに、見え方が変わった。細かいトラブルからも逃げないこの上司は、信頼できる、と。規律を求めることは、部下に嫌われることではない。逃げないリーダーだと示すことなのだ。

目的達成のために「やり方」を工夫させる(=「積極性」の育成)

積極性とは、共有された目的に向かうため、自ら「どうすればできるか」を考え、行動することだ。既存のやり方の延長線上で満足するのではなく、新たなツールを導入したり、これまでの進め方を見直したりするなど、「やり方そのものを問い直し、工夫する」ことが求められる(第6章第19章参照)。

積極性の土台にあるのは意欲なので、その引き出し方に触れておきたい。何度も書いているが「この目標を達成して」と数字だけを丸投げしてはいけない。必ず「なぜこの目標が必要なのか」「組織にとってどんな意味があるのか」という目的と背景をセットで共有する第36章参照)。
理由を添えるだけで部下の納得度は大きく変わり、やらされ感が薄れる。目的が腹落ちすれば、部下の側から「それなら、こういうやり方もありますね」と主体的な工夫が出てくるようになる。

さらに、なぜ他でもない「あなた」に任せるのかという理由を伝える。
「この目標をやり切るには、君がこれまで培ってきた〇〇の経験がどうしても要る」と。人は「自分だからこそ頼まれた仕事」だと感じたとき、自然と自分ならではの工夫をしたくなるものなのだ。

「自分事」として語らせる(=「責任感」の育成)

ルールを守り、工夫する構えができたら、最後は「自分事」として仕事に向き合う姿勢を育てる。

部下が「みんながこう言っています」「上が決めたからです」といった逃げの言葉を使ったときは、それを見逃してはならない。「それで、あなたはどう思うのか?」「それで、あなたはどう進めたいのか?」と問いかけ第53章参照、自らの「主観」を言葉にさせる第2章参照)。

誤解のないように言えば、決定に従うこと自体は正しい。このブログでも決まったことには乗るしかない、という話もしてきた。問題は、従う理由まで他人任せにすることだ。「上が決めた。私は担当者としてそれをこう考えて、この仕事をこう進める」と語れるかどうか。従いながら当事者であることは、両立する。

失敗した際も環境や他人のせいにさせず、「自分の行動の何が結果を招いたか」を直視させる第78章第95章参照)。自分の頭で考え、自分の言葉で語り、うまくいかなかったとしても自分の行動の結果を受け入れる。この思考の繰り返しの機会を作ってあげる。面倒と感じるかもしれないが、それが、部下に当事者意識という強い「責任感」を作ると私は感じている。

まとめ:自立したプロを育てる

一つ付け加えておく。本章で挙げた問いかけの数々は、第5部で述べた「聴く」土台があって効果的に機能する。信頼のない上司からの「なぜ?」「どう思う?」は、部下の耳には詰問にしか響かない。姿勢を育てる問いは、日頃の傾聴の上にこそ載るのだ。

業務姿勢(規律・積極性・責任感)を育てるということは、上司にとって都合の良い「従順な部下」を作ることではない。他人の評価に依存せず、自らの主観を持って組織の目的に貢献しようとする「自立したプロ」を育てることである。

評価の項目に沿って、評価に依存しない人間を育てる。矛盾に聞こえるかもしれないが、これは第5章で述べた「評価されたいなら、評価を超えろ」の逆説そのものだ(第5章参照)。目的への貢献に軸を置く者が、結果として最も高く評価される。

このブログのスタートで「ほめられようとするな。操作される」と書いた(第1章参照)。部下の判断軸を、他人の評価から組織の目的へ据え直す。業務姿勢の育成とは、あの出発点を、今度は部下に手渡す仕事なのだ。

次章予告

個人の「遂行力」と「姿勢」が育ったなら、次はそれをチーム全体に波及させる番だ。次章では、最後の視点である「④周囲への影響(協調性)」の育て方について語りたい。

読者への問い

あなたは部下の業務姿勢を精神論で片付けず、正しい判断軸を持たせることで育てようとしているだろうか。

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