日常の中にこそ学びがある
失敗や成功から学ぶことは大きいが、実は日常の業務にも無数の学びが眠っている。むしろ、その積み重ねこそがリーダーとしての実力を支える血肉になる。
私自身、若いころはただ目の前の仕事に追われて、日々を振り返ったり記録したりする余裕はなかった。仕事を「学びの素材」として意識することもなかった。
ところが、部下をもち、業務の進行管理を任されるようになって初めて気づいた。日々の取り組みや小さな出来事こそが重要な意味を持っていることがあると。だからこそ「もっと早くから、自覚的に振り返る習慣を持っていたら」と今でも思う。
学びに変える鍵は「自分の感情」
では、日常をどう学びに変えるのか。鍵は「感情」と「事実」の分離ではないかと思っている。
たとえば、会議で部下の発言に違和感を覚えたとする。単なるもやもやとして終わらせるのではなく、言葉にしてみる。すると、次に生かす具体的な行動が見えてくる。
たぶんそのトリガーは感情の動き、そして「自分は今、なぜこう感じているのか」という問いだ。
感情を言語化することで、事実と感情を分離する
違和感や苛立ち、あるいは手応えといった感情は、抑えようとしても湧き出てくるものだ。それを「感情的になるな」と押し込めるというよりは、事実と感情を分離することで学びとしたいと考えている。そのための手法として私が有効だと感じているのは、感情を言語化することだ。
例えば「あの発言に苛立ちを感じた」と書き出す。次に「なぜ苛立ったのか」という問う。そこから「情報共有が足りなかったのか」「自分の指示が曖昧だったのか」という事実の分析に自ずと流れる。
頭の中で考えるのではなく、実際に「自分の感情」をノートなりメモとして書き出すのがコツだ。書き出すという行為そのものが、強制的に視点を「外側」に引っ張り出す最も手軽で強力な道具になるからだ。
仕事をしていて感情が動いたときに「何かひっかかった」という感覚を逃さず、その場で書き出す形で言語化してみると、この感覚が分かると思う。
毎日を素材化する姿勢
日々の業務はただのルーティンではない。すべてが学びの素材であり、血肉になる。
感情を抑えるのではなく言語化する。出来事を記録し、抽象化する。その小さな積み重ねが、リーダーとしての判断力と胆力を静かに、しかし確実に育てていく。
読者への問い
あなたは今日、「何かひっかかった」という感覚を言語化しましたか?
このブログでは『考え方やフレームワーク』を扱っています。『明日の現場で即使えるケーススタディ』をnoteで公開しています。当ブログでこれまで語ってきた「型」や「かまえ」を実際の現場場面にあてはめた問題集として読んでいただけます。→【noteはこちら】
次章予告
経験から学ぶ編はここまでとし、次章は用語と名詞でアップデートする話に進みます。
